カインズのAIエージェント活用によるデータ基盤刷新の概念図
図1:カインズは190万行のExcelファイルによる手作業を、Google Cloud上のAIエージェント搭載データ基盤で自動化した。

カインズが直面していた「190万行Excel問題」とは

29都道府県に264店舗を展開するホームセンター大手カインズは、需要予測結果の分析と発注・在庫管理に190万行のExcelファイルを使用しており、その処理に毎回4〜5日を費やしていました(Google Cloud Japan, 2026)。この課題をGoogle CloudのBigQueryとVertex AI Agent Builderを中核としたAIエージェント搭載データ基盤で解決した事例は、日本の小売業におけるAI活用のリアルな成功モデルです。

ポイント

カインズの事例は「AIで需要予測する」だけでなく、「予測結果を実務に反映する後工程」にAIエージェントを投入した点が画期的です。多くの企業がAI導入の第一歩である需要予測モデルの構築に注力しますが、カインズは予測の「その先」——発注判断・在庫メンテナンス・積載最適化——までAIで自動化しました。

カインズのビジネスソリューション部 需要予測グループ グループマネジャーの矢口未知彦氏は「表計算ソフト作業でメンテナンスを行うこと自体が、もはや正解ではないと感じていました」と当時の課題を振り返っています(Google Cloud Japan, 2026)。

導入前の業務フロー — 何が問題だったのか

従来の業務フローでは、需要予測システムからのデータ出力から発注判断に至るまで、以下の手作業が連続していました。

1

データ出力(2日間)

需要予測システムから190万行のSQLクエリ結果をExcel形式で出力。1ファイルに収まらず、20万行ごとに6〜7個のファイルに分割して管理していました。

2

手動データ加工(2〜3日間)

棚割りデータや在庫データに基づくフラグ設定、他システムのマスタデータとのVLOOKUPによる紐付け、「この在庫は動かさない」等の個別フラグの手動設定を実施。

3

発注点メンテナンス

加工済みデータを基に発注タイミング(発注点)を更新。専任エンジニアが列ずれの確認やテストに工数をかけて対応していました。

4

車建発注計算(1日間)

酒類等の発注でトラック積載量を最大化する計算をExcelで実施。翌日に取引先へ送付し、取引先側で車建計算を実行するという分断されたプロセスでした。

190万行
1回の需要予測出力データ量
6〜7個
分割管理されていたExcelファイル数
4〜5日
データ出力から発注判断までの所要期間

この業務フローには3つの構造的問題がありました。第一に、Excelファイルのメンテナンスが属人化しており、専任エンジニアへの依存度が極めて高かった点です。第二に、列ずれや数式エラーの確認・テストに多大な工数がかかり、現場のニーズに迅速に応えることが困難だった点です。第三に、車建発注計算をカインズと取引先で分担して行うため、プロセス全体のリードタイムが長くなっていた点です。

AIエージェント搭載データ基盤の構成

カインズが導入したのは、Google Cloudの複数サービスを組み合わせたAIエージェント搭載データ基盤です。

コンポーネントGoogle Cloudサービス役割
データウェアハウスBigQuery190万行のデータを一元管理。Excel分割管理から脱却し、単一のソースとしてデータの正確性と一貫性を確保
AIエージェントVertex AI Agent Builder (SDK)ユーザーが自然言語で条件を指示すると、AIエージェントがBigQuery上のデータを直接操作・抽出
バッチ処理Cloud Run Jobs定型的なデータ処理パイプラインを自動実行
ワークフロー管理Workflows各処理ステップの連携とスケジュール管理
需要予測Vertex AISKUごとの需要予測モデルの学習・推論を実行

このシステムの核心は、Vertex AI Agent Builderを活用したAIエージェントです。ユーザーが「在庫回転日数が7日以上で、棚割り変更フラグがないSKUを抽出して」といった自然言語で条件を指示すると、AIエージェントがBigQuery上のデータを直接操作・抽出します。従来はExcelの数式変更やVLOOKUP修正が必要だった作業が、自然言語による対話で完結するようになりました(Google Cloud Japan, 2026)。

さらに、酒類の発注におけるトラック積載量最大化についても、数理最適化アルゴリズムを自社開発し、従来は取引先と分担していた車建計算をカインズ自身で実行可能にしました。

導入効果 — 何が変わったのか

導入により、カインズは主に3つの成果を得ています。

1. 劇的な工数削減:データ出力2日+手動加工2〜3日=合計4〜5日かかっていた発注点メンテナンスのためのデータ抽出・加工作業が大幅に効率化されました。AIエージェントへの自然言語指示で即座にデータを抽出・操作できるため、Excelのメンテナンス工数自体が不要になっています。

2. 柔軟性の向上:従来はExcelの数式変更のたびに専任エンジニアの対応が必要でしたが、AIエージェント導入後は現場担当者が「やりたいこと」をAIエージェントに直接指示できるようになりました。内製化のスピード感が大幅に向上しています。

3. データの正確性と一貫性:ローカルPCに分散していた6〜7個のExcelファイルがBigQueryという単一のデータソースに統合されました。属人的な数式ミスや列ずれの不安が解消されています。

指標導入前(Excel運用)導入後(AIエージェント基盤)
データ出力2日間(190万行を6-7ファイルに分割出力)BigQueryに常時格納(出力作業不要)
データ加工・フラグ設定2〜3日間(VLOOKUP・手動フラグ)自然言語指示で即時実行
発注点メンテナンス専任エンジニアが対応(属人化)現場担当者がAIに指示(民主化)
車建発注計算1日+取引先への送付(分断プロセス)数理最適化で自動計算(カインズ内で完結)
データ管理ローカルPC上に6-7個のExcelBigQuery(単一ソース)

矢口氏は「需要予測を起点に発注管理から在庫管理まで、すべて統合された基盤で実行することが可能になった」と語っており、点在していた業務プロセスがGoogle Cloud上で統合されたことが最大の価値となっています(Google Cloud Japan, 2026)。

他の小売企業が学べるポイント

カインズの事例から、小売業のDX推進担当者が活用できる教訓は3つあります。

第一に、AI導入の対象を「予測」から「後工程」に広げる視点です。多くの企業がAIによる需要予測モデルの構築に投資していますが、予測結果を業務に反映する後工程(データ加工・発注判断・物流最適化)にボトルネックが残っていれば、予測精度の向上は業績に直結しません。カインズは後工程にAIエージェントを適用することで、予測から実行までのパイプライン全体を最適化しました。

第二に、段階的な移行です。カインズは既存の需要予測システムを一気にリプレースしたのではなく、予測結果の「出力先」をExcelからBigQueryに変更し、その上にAIエージェント層を構築するというアプローチを採用しました。既存資産を活かしながら段階的にDXを進める手法は、リスクを最小化したい現場マネージャーにとってモデルケースとなります。

第三に、数理最適化とAIエージェントの組み合わせです。車建発注のようなトラック積載最適化は、数理最適化(OR:Operations Research)が得意とする領域であり、生成AIだけでは解けない問題です。カインズはAIエージェント(データ抽出・対話インターフェース)と数理最適化(積載計算)を組み合わせることで、それぞれの技術の強みを活かしています。

注意

カインズの事例で導入されたAIエージェントは、BigQuery上のデータに対する「自然言語によるクエリ・操作」が中心であり、発注判断そのものを自律的に行うフルオートノマスなAIエージェントではありません。需要予測の精度検証や最終的な発注承認には、引き続き人間の判断が介在しています。AIエージェントの導入範囲と限界を正確に理解することが重要です。

今後の展望

カインズは今後、数理最適化計算のリクエスト処理もAIエージェント上に移行する予定です。さらに、シーズン商品の最適化や棚割り最適化など、より複雑な変数が絡む領域への数理最適化の適用も視野に入れています(Google Cloud Japan, 2026)。

264店舗×数万SKUの組み合わせから生まれる膨大な在庫管理パターンを、AIエージェントと数理最適化で効率化するカインズの取り組みは、日本の小売業におけるAIエージェント活用の先行モデルとして注目に値します。

まとめ

カインズは190万行のExcelファイルによる発注・在庫管理業務を、Google CloudのBigQuery+Vertex AI Agent Builderを中核としたAIエージェント搭載データ基盤で刷新しました。4〜5日かかっていたデータ処理は自然言語指示で即時実行が可能になり、車建発注の積載計算も自社完結を実現しています。

この事例が示す教訓は明確です。AI導入の効果を最大化するには、予測モデルの精度向上だけでなく、予測結果を業務に反映する「後工程」のDX——つまり発注・在庫・物流の自動化——に投資すべきだということです。